FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ブログの説明

日記:

日々の行動を記録。簡単な感想を一緒に残す事もあります。




すなばあそび:

日記の内容から更に頭の中でコネて遊んだ事について記述していきます。普遍的なものを求めるという使い方をしたいので、時系列から外す為に分類しました。




砂場は海のようです。
作りたいモノを想像しながら、作りたいモノの分だけ水をすくい、思いのモノを模る。砂の水が渇いた時、また形を崩して砂場の海に戻っていきます。
僕達の生命は、生命という海からコップ一杯すくい出し、身体を貰って固められ、また形を崩して生命の海に戻っていく砂場のように感じます。

テーマ : 感想
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

No title

生命は砂場とな。美しい表現だね!
生命は失われない。循環していく。
そういう風にも感じられるね。
美しい。

Re: No title

> 生命は砂場とな。美しい表現だね!
> 生命は失われない。循環していく。
> そういう風にも感じられるね。
> 美しい。

前々から「輪廻転生があるとしたら数が決まっててパンクするじゃん」みたいな話に違和感を感じてた事がありまして、考えているうちに結局「生命」ってのが言葉では定義しにくいものだよなと思うようになった訳であります。
そうなると「数」でくくっちゃう事そのものがもう変な話だから、より近いものとしては「生命」っていうプールを想像する方が合点が行くのかなと思った訳です。
人間一人の生命もありますが、地球という生命もあって、宇宙という生命もある。生命って言葉が掴みにくいものだからこそ、これは逆に「そうだよな」と思えるものであると思うのです。
宇宙がある一点から始まった歴史だと考えれば、銀河が出来たのも、地球が出来たのも、人間が出来たのも、その「宇宙の歴史の流れの一つ」に違いはなくて、ではそれぞれの生命は結局「宇宙っていう生命の中にあるもの、もしくは同質のもの」と捉えても間違いではないと思うのです。
だから、プールって考えると、よりしっくり来るんですよね。
生命は輪廻転生しているっていうか、そういう話ももっと現実的だなと思えてきます。

No title

話は少しずれるが、地球が一つの生命体って考えると人間は本当に地球の資源を潔癖だとか美だとか秩序だとかに変えてしまうよな。地球をコンクリートで覆い、太陽のエネルギーも吸収しずらくし、自らの排泄物や死体も焼却しその命の循環から離脱しようとしている。地球が自分で生み、且つ生きるのに必要な栄養だとかエネルギーを消耗したり破壊したり有害なものに変換してしまったり、揚句、自滅したりする奇妙なウィルスようだ人間は。吸いだして返さない。プールの水を蒸発させるものであるかもしれない。それもまた地球が生んだのだけれど。

数で考える以前に生命だとか霊魂だとか考えるのは人間だけなのであって物理学的にいえば細胞が変な形に連なっているのが動いているだけであって。一人というものすらない。

輪廻転生はただただ人間の精神活動なので地球規模でみたり宇宙規模でみたりしてはいけないものだと思う。あくまでも”そういうものなのだ”と思い込み、主観的に感じることが大事であると思う。信じることにのみ意味があるというか。その仏教などの教えを重んじるならば。

Re: No title

> 話は少しずれるが、地球が一つの生命体って考えると人間は本当に地球の資源を潔癖だとか美だとか秩序だとかに変えてしまうよな。地球をコンクリートで覆い、太陽のエネルギーも吸収しずらくし、自らの排泄物や死体も焼却しその命の循環から離脱しようとしている。地球が自分で生み、且つ生きるのに必要な栄養だとかエネルギーを消耗したり破壊したり有害なものに変換してしまったり、揚句、自滅したりする奇妙なウィルスようだ人間は。吸いだして返さない。プールの水を蒸発させるものであるかもしれない。それもまた地球が生んだのだけれど。

 あまりにも偏りすぎた見方ではないかと思う。あえて表現を選んでいるだけなのだとは思うんだけどね。
 ただ、地球を一つの生命体とすることと、人間が地球を「無駄に美徳とする」っていうのはちょっとつながりません。生命力=キレイ、という風に語ったつもりもないと思います。あくまでも「すべて含めていますよ」っていう自覚を持つ所からなんじゃないでしょうか。僕が言うところの生命力はとても現実的なものとして考えています。超能力とか、神秘的なものとか、そういう風には言いたくありません。

> 数で考える以前に生命だとか霊魂だとか考えるのは人間だけなのであって物理学的にいえば細胞が変な形に連なっているのが動いているだけであって。一人というものすらない。

 なので「霊魂」っていうのは僕にとってかなり浮いた発言です。あまりに非現実的ですよね。
 生命って考えれば考えるほど「ある」とも「ない」とも言いにくいものですが、それは一つ「物質的」な見方だと思うし、捨てられた子猫が必死に鳴くのも「生命力」なんじゃないすか?それを科学的に生存本能だとか物理的な反応の連続というだけで終わらせてしまうのはあまりに味気ないなあと考えてしまいます。

> 輪廻転生はただただ人間の精神活動なので地球規模でみたり宇宙規模でみたりしてはいけないものだと思う。あくまでも”そういうものなのだ”と思い込み、主観的に感じることが大事であると思う。信じることにのみ意味があるというか。その仏教などの教えを重んじるならば。

 勘違いされているようなので改めます。あくまで「輪廻転生=魂の数じゃん、という話を振ってくる奴」に対して考えたことなのでコレ僕の主張じゃありません。で、あえて考えてみるならば、数でおかしいのなら「プール、海」的なものとして考えればもうちょっとしっくりくるよね、というだけのことです。
 本文の詩っぽい部分はその時の友人との会話を憶えていて、あの世だこの世だを数ではなくて液体のような考え方で捉えるっていうのが強く印象に残っていましたからブログのタイトルに活用したのでありまして、その補足的な説明で書いたものです。
 その「補足の詩」に対してしゃなからコメントを頂いたので、その時の事例を紹介したのです。輪廻転生を主張するものではござんせん。重ねますが。

No title

うーん。勘違いはしてないよ輪廻転生主張してると思ってないし。
なにも否定してない。
完全にずれてたんだろうね。
ただ俺の言いたいことだけを言ったこういう考え方もあるんではないかという。
どちらにしろ考え方だけなのだから目的はない。

無駄に美徳とするという言葉はよくわからん矛盾してる。

最初にずれているといった通り、一つの生命体とすることと人間の美徳についてつなげたつもりはない。

その生命のプールから離脱しようとしてるとこあるよね人間てっていうところがいいたかっただけ。

トラスクの詩は美しい。

だからこそちょっと今の自分を含めた人間を嘆いたのさ。

その猫のような面もたしかにある人間は。

だからこそ主観的にとか感情的に考えることも必要なんかなって思ったのでそういうことも書いた。

そいうつもり。

ちょっと紛らわしかったかもしれないな。美しいといっておきながらその無駄な美みたいなことをいっているから。
生命力=キレイとは俺も全くいっていない。

むしろ生命から”いらないもの”に変えてしまったものが”人間が思う美”そういいたかった。

美術や技術でモノをつくるでしょう人間は
薬を使って物質そのものから変えていくでしょ
それは生命のプールにはたしてかえっていくのだろうかと

そう”人間のくせに”言い放ったわけですよ。

だから俺の意見はトラスクにぶつけたわけではなくて

そっと横に置いたというかちら見せしたというかそんな感じさ。

そういう会話あるだろ。おしゃべり

Re: No title

なるほどよくわかりました。
こちらはブログの運営者なので、特に明記がなければ私への話だと思ったりしますので、そこら辺で勘違いしておりました。その上で読めば納得できます。

「生命の海に果たして帰っていくのか」

今でいえば放射性廃棄物とかがとてもリアルに訴えかけてくる話かなと思います。
こういうものを作って、取捨選択できるのが人間で他の動物にはありませんから、そこに全力で「いつまでも」悩んでいくのがまず大事な話なんだと思います。

No title

もちろんトラスクと話してるのさ。
例として話をあげたっていいでしょう。

文章下手なんかな話してるときと同じだからいけんのか。

まぁでも楽しい会話でした^^

Re: No title

> もちろんトラスクと話してるのさ。
> 例として話をあげたっていいでしょう。
>
> 文章下手なんかな話してるときと同じだからいけんのか。
>
> まぁでも楽しい会話でした^^

僕に直接向かって話しているのはわかりますけど、僕の思想になのかとか、ただの例として「他の何かを導きたいのか」は言わなければ伝わりません。文字では表示された以上のことは読めませんから、僕も色々と勝手に補足をして「外堀」を埋めようとする事になります。
応援中!
検索フォーム
プロフィール

Trasque

Author:Trasque
特に何かの専門家ではありません
「生命力」という言葉が好きです
生きる事を考えたい年頃です

リンク
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。